働き方改革の流れが本格化し、2020年4月からは中小企業にも有給休暇の取得が厳格適用されるようになりました。
実際のところは、「残業時間の制限を守るのに苦労しているのに、有給休暇の消化日数を増やすのはちょっと・・・」と嘆きの声も聞こえてきます。
そんな中、先日、「ヨーロッパでは長期休暇が普通に取れるのに、なぜ日本では実現できないのか」という内容のTV番組が放送されていました。
番組の取材に応じたヨーロッパの企業の社員は、長期休暇を取れる理由を、「自分が休んでいる間は、サブの担当者が私の業務をおこなってくれるからです」と説明していました。
この社長の発言にこそ、日本が働き方改革を成功させるためのポイントが隠されていると感じます。
働き方改革の実現には、サブ担当制、すなわち多能工化の推進が鍵を握っているようです。
多能工化は働き方改革だけではなく、生産性を向上させる上でも有効な手法です。
今回は、この多能工化のメリットや問題点、そして、導入の手順について解説していきます。
多能工化で、一業務一担当によって発生する問題を解決
多能工化とは、ひとりの社員が複数の仕事を担えるような教育を施し、特定の人にしかできない業務をなくすことを意味します。
業務が特定の社員にしかできない状態を放置すると、さまざまな問題が発生します。
例えば、営業の事務員が休んだ時、この人が担当している顧客からの問い合わせに応えられなかったり、製造部門にあるマシニングセンター(自動装置)がひとりの作業員しか扱えず、この担当者が他の装置を作動させていると、マシニングセンターを動かせないため生産が止まってしまうというような問題です。
経理部門でも情報処理部門でも、特定の人にしかできない業務があるがために生じる弊害は、いくつもあげられます。
これらの問題の発生原因は、一業務一担当(いちぎょうむいちたんとう)に集約されます。
一業務一担当によって、以下のような問題が発生します。
- 担当者が休むと、その仕事が進まない
- 担当者がその業務を終えてくれないと、次工程の人が手待ちになってしまう
- 代わりの人がいないので休めない
これらが、生産性を低下させる要因にもなります。
一業務一担当の問題への対処方法は、一業務複数担当制への移行、すなわち多能工化となります。
多能工化をすれば仕事の停滞や手待ちがなくなり生産性が向上するだけではなく、休暇をとりやすくなるので働き方改革も実現できます。
多能工化が見直される背景
企業が多能工化を推進する理由は、働き方改革の実現に限りません。
「一芸に秀でよ」とのキャリア形成が通用しなくなったことも、多能工化を導入する理由に加えられます。
“AIによって奪われる仕事”という記事が注目されるように、これまで磨いてきた一芸がシステムに置き換わってしまうことも想定して、他の芸(仕事)もできるようにする教育訓練が必要となっています。
そして、見て学ぶスタイルが日常化したことも、多能工化の推進を後押ししています。
ネットの動画サイトには、スポーツや楽器演奏、絵画、料理、DIYなど、初心者が見よう見まねで身につけられるコンテンツが掲載されています。
このような動画や写真を基にした教育訓練用ツールの活用によって、多能工化の推進は容易になりました。
多能工化で注意すべきこと
多能工化を進める上で注意すべきことは、「業務の抜け漏れ」、「業務の生産性低下」の2点があります。
業務の抜け漏れ
業務の抜け漏れとは、野球に例えるとポテンヒットです。
一業務複数担当制をとると、この仕事は他の人がやってくれているだろうとの思い込みから、誰も手をつけない業務が生じる可能性が出てきます。
このポテンヒットを防ぐには、業務一覧表を作成し各業務の分担を明示すればいいでしょう。
業務の生産性低下
業務の生産性低下についてですが、メインの担当者に成り代わってサブの担当者が業務を処理する場合、作業のスピードはどうしても遅くなります。
これは、ある意味いたし方ないこととして受容しなければなりませんが、作業スピードを著しく低下させないための対策は必要です。
この鍵を握るのが、作業マニュアルです。サブ担当者の支援ツールとしてマニュアルは強力な武器となります。
多能工化の導入手順
多能工化を導入するには、3つの手順があります。
01. スキルマップの作成
多能工化する業務を特定する最初の手順としてスキルマップを作成します。
スキルマップについては、「環境に適応するチームをつくるための「スキルマップ」の作り方・活用方法」で、詳細を解説しているのでご覧ください。
02. 業務マニュアルの整備
サブ担当として取り組む業務の発生頻度は、メイン担当と比べれば少なくなるため、作業の仕方を忘れてしまいます。
従って、多能工化を推進する上でマニュアルは必要不可欠なツールとなります。
見てわかりやすいマニュアルを整備すれば、多能工化の教育訓練も進めやすくなります。
多能工化の教育訓練用としても、作業に実際に取り組む際の支援ツールとしてもマニュアルを整備しましょう。
03. 担当業務一覧表の作成
スキルマップに記載される各担当者の業務習熟度ランクは、Sランク、Aランク、Bランク、Cランクの4つに区分されています。
- S:他者を指導できる
- A:一人前にできる
- B:指導を受けながらならできる
- C:未習得
多能工化した業務の一覧表を作成し、担当者別にこの習熟度を入力しておけば、誰がどの業務を実施できるのかが明確になります。
担当業務一覧表には、対象となる業務マニュアル名も記載しておくといいでしょう。
多能工化を支えるツール
多能工化によって担当する業務の範囲が広がると、やり方を忘れてしまっている業務が出てきます。
特に、発生頻度の低い業務がこの対象となります。
うろ覚えのまま業務をおこなうと、業務の抜け漏れや手戻りによる作業スピードの低下が生じます。
製造ラインにある自動装置などを取り扱う場合、事故にもなりかねません。
人間は物事を忘れる生き物であることを前提にして、忘却によるエラーを補うツールを抜かりなく準備しておきましょう。
この決め手となるツールが、マニュアルです。
「わからなくなったらマニュアルを見る」という発想ではなく、「サブ担当になっている業務に取り組む際には、必ずマニュアルに目を通す」という考え方を浸透させましょう。
このことより、業務の抜け漏れや手戻り、そして事故を防止できます。
マニュアルが未整備な場合、新たにマニュアルを作成しなければならなくなりますが、今は、マニュアル作成の支援となるアプリケーションがたくさんあります。それらを活用してみましょう。
マニュアル作成を支援するアプリケーションには、動画や写真の加工(切り貼り、文字入力など)、キーワード検索、閲覧実績の個別集計、などの機能が装備されていてとても便利です。
マニュアル作成アプリは、多能工化を支える強力な助っ人となります。
まとめ
働き方改革を実現する上で弊害となっている、一業務一担当制を解決する手段として多能工化を解説してきましたが、もう1点考えておくべきことがあります。
それは、人生100年時代への対応です。
これから、人が働く期間はますます長くなっていきます。しかも、環境の変化も早まる中で、一分野だけで職業人としての人生を終えるのは考えづらくなりました。
この状況下において多能工化は、働き方改革や生産性を向上させる方法としてだけではなく、キャリア開発の一環としてもとらえるべきでしょう。
担当業務に囚われず他の分野にも興味を持ち、新たなる仕事に取り組めば、キャリアの幅は広がっていきます。
始めはとまどうでしょうが、多能工化を繰り返していけば、新しい業務に順応する能力が身につきます。
この学習能力こそが、長い職業人人生に発生するさまざまな変化に対応する、最良の武器になるのです。
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