近年、圧倒的な存在感を放っているユニコーン企業。創業年数が浅いながらも多額の評価額を得ている企業を指す言葉です。
2019年のアメリカCBインサイツ社の調査では、世界にあるユニコーン企業は394社(2019年9月調査時点)と少なく、そんな理由から、「噂は聞くが、誰も見たことがない」というユニコーンに例えられます。
そんなユニコーン企業と対比させるようにして注目を浴びているのが、「ゼブラ企業」です。自社の成長や利益を最優先するユニコーン企業に対して、ゼブラ企業は利益追求をしながらも社会貢献を重視します。
このように、相反する2つの理念を追い求める経営姿勢が白と黒のシマ模様を持つシマウマのようだということから、ゼブラ企業と呼ばれるようになりました。
SDGsやESG投資といった言葉が注目される時代の流れの中で、今後こういった企業は増えてくると考えられます。
私たちも、以前から関心のあった社会問題を解決するための取り組みを始めました。
私たちが注目したのは、障害者、特に発達障害のある方の働き方です。
厚生労働省が平成28年に実施した調査によると、日本の人口1億2693万人のうち、身体障害者は436万人、知的障害者は108万2千人、精神障害者は419万3千人と推計されました。また、医師から発達障害と診断された方の数は、48万1千人との推計が出ています。
障害を持った方の雇用状況はどうでしょう。
令和2年10月現在、民間企業の法定雇用率は2.2%と定められており、45.5人以上雇用している企業は障害者を1人以上雇用する義務があります。
それに対し、令和元年の厚生労働省の調査によると、雇用障害者数は約56万人で、実雇用率は2.11%。法定雇用率達成企業の割合は48.0%となっており、約半分の企業は法律で定めされた基準を下回っているという結果になっています。
他の先進国で、日本のように法定雇用率を定めて未達成の事業主に納付金を義務付けている国として、ドイツやフランスなどが挙げられます。
それらの国と比較してみると、2018年度の中央省庁などの公的機関での障害者雇用率は、ドイツ6.6%、フランス4.9%に対して日本は1.1%とかなり低い数値となっています。
雇用状況も然ることながら、雇用した後の働き方においても課題は多く、本人が望まない単純作業を強いられたり、給与水準が低かったりといった実態には事欠きません。
私たちは、障害を持った方の働き方を改善したいと考え、自分たちでも障害を持った方を雇用したり、実習生として受け入れたりしています。そして、ゆくゆくは社会から障害者というレッテルをなくすことをビジョンとして掲げるようになりました。
そこで、今回は、障害者雇用や実習生受け入れをしている私たちの取り組みから、障害を持った方に組織で活躍してもらうためのポイントをお伝えします。
障害者雇用を考えている方、障害者の特性や能力を上手に引き出せないとお悩みの方のヒントになれば幸いです。
発達障害について知ろう
「障害者」という言葉に含まれる「障害」は、身体障害、知的障害、精神障害などに分類されます。本記事では、そのうちの「発達障害」に絞ってお伝えしていきます。
発達障害者支援法によると、「発達障害は、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されています。
発達障害は具体的にどのような特性があるのでしょうか。個人差が大きくはありますが、発達障害を理解するために、いくつか特性を挙げていきます。
自閉症、アスペルガー症候群を含む広汎性発達障害(自閉症スペクトラム) | 急に予定が変わったり、初めての場所に行ったりすると、不安になり、動けなくなることがよくある。 また、他の人と話している時に自分のことばかり話して、相手の人にはっきりと「もう終わりにしてください。」と言われないと、止まらないことがある。 |
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学習障害(限局性学習障害) | 大事なことを忘れないようにとメモを取るものの、書くことが苦手なので、書くことに集中しようと気を取られ、かえって話の内容が分からなくなることがよくある。 |
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注意欠陥多動性障害(注意欠如・多動性障害) | 大切な仕事の予定を忘れたり、大切な書類を置き忘れたりすることがよくある。 |
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その他の発達障害 | 体の動かし方の不器用さ、我慢していても声が出たり、体が動いてしまったりするチック、一般的に吃音と言われるような話し方なども、発達障害に含まれる。 |
(参考:厚生労働省「障害者差別解消法福祉事業者向けガイドライン」やその他の政策レポート)
発達障害は、「障害」という言葉から健常者と区別されますが、このように特性を見ていくと、自分自身にも当てはまる、と感じる項目も多いのではないでしょうか。
私も、上司からの指示はすぐにメモしなければ頭から消えてしまいますし、資料の誤字脱字など、細かいチェックの漏れは少なくありません。
朝、家を出る時間になっても「携帯電話がない!」、家を出た後に「かばんに財布が入っていない!」と慌てることもしょっちゅうです。
チェックリストなどで管理をしたり、周りに助けてもらったりしながら、なんとかカバーしてきました。
有名人にも発達障害を持っていながら活躍されているは多くいらっしゃいます。
俳優・監督 | トム・クルーズ、ウィル・スミス、オーランド・ブルーム、スティーブン・スピルバーグ |
歌手 | 米津玄師、ブリトニー・スピアーズ、スーザン・ボイル |
タレント・モデル | 黒柳徹子、栗原類、ジミー大西、ミッツマングローブ、パリス・ヒルトン |
スポーツ選手 | イチロー、長嶋茂雄、モハメド・アリ、マイケル・フェルプス、マイケル・ジョーダン |
実業家・評論家 | スティーブ・ジョブズ、勝間和代 |
学者・発明家 | さかなクン、エジソン、アインシュタイン |
トム・クルーズは、難読症を抱えており、台本のセリフが読めませんでした。俳優としては致命的かと思いきや、彼は「セリフを録音して聞きながら覚える」という方法で障害をクリアし、真に迫る演技で人々に感動を与えました。
勝間和代さんは、19歳で公認会計士の資格を取り、会計事務所に入社しました。しかし、彼女の持つADHDという障害特性が、細かい計算や伝票をめくるなどの作業には向いていないと判断し、入社後半年で別の会社に移ったそうです。
転職先のコンサルティング会社での仕事は、彼女の「アイディアを発散して形にする」という強みが生かせるものであり、多くの成果を創出しました。
こうして考えると、前述した障害者特性のマイナス面に目を向けるのではなく、周りの協力があれば解決できる課題と捉え、プラスの強みに変えていく努力が重要だと気づきます。
障害を持った方が自分の強みを発揮して働くことができたら、どんな社会になるでしょう。
トム・クルーズの演技に負けないプレゼンテーションをするセールスマン、米津玄師のように独創的な製品やサービスを生み出すエンジニアと一緒に働く職場、そう考えると障害者雇用を考えることに大きな可能性を感じるのです。
障害者雇用によるトラブルの発生原因
障害者雇用が進まない背景には、いくつかの問題がありますが、その根源にあるものは何でしょうか。それを探るために、障害者の就労プロセスにおいてどのような問題があるかを見ていきましょう。
就労前
発達障害を持った方の求人向け募集を見ると、その多くは、以下のような求人広告です。
アパレル業界A社
倉庫スタッフ:軽作業・清掃(時給:1,050円~)
ホテル業界B社
ホテルスタッフ:客室清掃・リネン調整・軽作業(時給:1,050円~)
食品業界C社
作業スタッフ:検品・シール貼り(時給:1,011円~)
ほとんどの業務は、軽作業や単純な繰り返し作業。接客や販売、マーケティング、商品企画などの対人業務や創造的業務はありません。
一方、発達障害のある方は、前述したように独自の強みを持っているため、それを生かせる仕事がしたいと考えています。
ここに、雇用する側と雇用される側の大きなギャップが生じています。
就労後
就労したあとにも、さまざまなトラブルは起こります。
就労移行支援事業所がまとめた資料を整理すると、以下のようなトラブルが起こっているとのことでした。
物事の段取りが立てられない |
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集中が途切れやすい |
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考えがまとまらない |
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短期記憶が苦手 |
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細かい所が気になる |
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周りの状況を俯瞰できない |
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上の表のようなトラブルが起こる可能性を考えると、企業が障害者雇用を躊躇する気持ちはわからないでもありません。
ただし、これらのトラブルの大半は彼らに対する理解不足により起こっています。
就労前、就労後にかかわらず、私たちの理解不足こそが、問題の根源にあるのです。
では、どうすれば、障害を持った方と企業の双方が幸せになれる雇用を実現できるのでしょうか。
その一つの解を次に示します。
「第二領域」に障害者雇用の活路を見出す
世界的ベストセラーの自己啓発本である『7つの習慣』。この本に出てくる時間管理のマトリクスをご存知でしょうか?
上の画像のように、私たちの仕事を緊急度と重要度という2つの軸で、4つの領域に分類する考え方です。
日頃、皆さんが時間を費やしている業務をこのマトリクスで分類してみると、どの領域が多くなったでしょうか。
おそらく、お客さまからの問い合わせ対応や上司から依頼された資料作成といった第一領域の業務と職場に掛かって来る電話対応や無意味な接待といった第三領域の業務が多いのではないでしょうか。
しかし、『7つの習慣』では、成果創出のために重要なのは第二領域の業務を着実に処理することだと唱えています。緊急ではないけれど、長期的な展望に立った時、会社にとって重要な業務です。
具体的には、次のようなものが挙げられます。
- 戦略検討のための調査業務
- 広報活動とブランディング
- 研究開発・実験、データ分析
- 業務の標準化、教育の仕組みづくり
どれも、会社の将来に向けた重要な活動です。しかし、これらの業務を社員に任せても、緊急性の高い業務に忙殺されてなかなか進まないのが現実です。
私も、前年度まで支援先企業のタスク進捗管理をメイン業務とし、それと並行して社内研修やホームページの更新、Facebookでの広報などの第二領域に当たる業務を任されていました。
しかし、どうしてもメイン業務に掛ける工数が増えると、第二領域の業務は後回しになり、メルマガが何週間も発行されなかったり、ホームページの更新が半年間も滞ったりということがありました。
「広報部」や「マーケティング部」といった専門の部署があれば、それがメイン業務となるのでこのような事態も回避できるでしょうが、専門の部署を置けないような中小企業では、第二領域の業務を進めることに苦戦しているように感じます。
ここで、話を障害者雇用に戻しましょう。前章で述べたように、障害のある方は、ツボにはまれば驚くほどクオリティの高いアウトプットを出すことができます。
会社にとって重要な第二領域の業務を彼らの特性に応じて、切り出して任せることで、これまで滞っていた第二領域の業務が着実に進むようになり、強い企業をつくることに繋がるのです。
私たちも、実際に発達障害のある方を社員として受け入れ、第二領域の業務をお願いしています。
コミュニケーションの勘どころが掴めないうちは戸惑いも感じましたが、彼の才能には目を見張るものがあり、今では会社にとって必要不可欠な存在となっています。
次の章では、第二領域の業務を、障害をのある方に担ってもらうことについて、私たちの取り組みに焦点を当てて書いていきます。
「業務の標準化」で、障害のある方の強みを生かす
今回、私たちが発達障害を持つ方にお願いした第二領域の業務は、「マニュアルの作成」。
つまり業務の標準化です。
これまでにも、社内マニュアルを整備しようという動きはあったものの、マニュアル作成には手間も工数も掛かる上に、直接収益を生み出すわけでもないので、なかなか着手できずにいました。
しかし、今後、会社の未来を考えると、マニュアル作成は避けることのできない重要な業務です。
彼の特性をぜひマニュアル作成に生かしたい、必ず生きるはずだと考えていました。
マニュアル作成には、以下のスキルが必要になると想定していました。
- 論理的思考能力:どの作業をし、その結果どうなるのかを論理的に結び付ける力
- ブリッジング能力:個々の事象からブリッジングさせて考える能力
- ポイント抽出力:一連の流れから作業ポイントを抽出する能力
- 表現力:何かを伝えるときにわかりやすい方法で伝える能力
- 構成力:一連の作業を分解し、構成を考える能力
- 統一力:マニュアル内での言葉の定義がぶれないように統一する力
実際に業務をしてもらって気付いたことは、マニュアル作成業務と彼の強みは、重なる部分が大きいということです。社内のマニュアルだけでなく、今では支援先企業のマニュアルも修正するまでになってくれています。
以下は、発達障害を持った彼がつくったマニュアルです。
数値を使って伝える
画像は、結婚式場でのセッティング方法についてのマニュアルの一部です。
「小皿を置く」というステップでは、「大皿の左斜め45°の場所に小皿を置く」ということを示すために、画像に角度が記されています。
「45°」と数値化することで、誰もが迷わずに作業できるように標準化されています。
彼には、「細かい所が気になる」という障害特性がありますが、それを「情報を細かいところまで的確に伝える」という方向に使い、強みとして生かした事例と言えます。
マニュアルにお客さま目線での感想を入れる
画像は、クッキーのラッピング方法についてのマニュアルの一部です。
「4つのクッキーを袋に入れる」というステップで、ポイントを上部に記載しています。4枚のクッキーを4色使って図式化したり、お客さま目線での感想を付けたりしています。
色を効果的に使っていて見やすいですし、お客さま目線での感想を入れることで、従業員の皆さまにもお客さま目線で考える習慣がつくと、支援先企業の方から喜んでいただきました。表現の工夫をして、ポイントが伝わりやすいマニュアルになっています。
彼には、「考えがまとまらない」という障害特性がありますが、その特性を、「アイディアがどんどん浮かぶ」という方向に使い、強みとして生かした事例と言えます。
彼がつくったマニュアルを見て、その完成度の高さに脱帽しました。そして、障害を持っていたとしても、強みを発揮することで、彼にしかできない重要な業務ができると確信したのです。
入社直後は、前章で述べたような「採用後に起こるトラブル」が多少ありました。ただ、障害を課題と捉え、改善策を立てたり、対処策を決めたりすることで、カバーできています。
これまでの実習生受け入れも含め、トラブルが起きた際には、以下のような改善策・対応策を取ってきました。
物事の段取りが立てられない |
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集中が途切れやすい |
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考えがまとまらない |
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短期記憶が苦手 |
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細かい所が気になる |
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周りの状況を俯瞰できない |
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まとめ
今回は、障害者雇用において第二領域の業務が果たす役割について、また、第二領域の業務としてマニュアル作成を依頼した私たちの取り組みについてまとめました。
企業の未来をつくる第二領域の業務は、「重要」かつ「不急」です。それが故になかなか進まないという実態を、障害者雇用で解決できるとしたら、企業の未来は大きく変わってきます。
また、障害を持った方にとっても、ご自身の強みを生かせる仕事を、ご自身のペースで着実に進めることができれば、より良い未来が拓かれるに違いありません。
障害者雇用が企業の未来を作り、そして一人ひとりが輝く社会を作る。そう考える企業が増え、日本の社会問題が少しずつでも解決の方向に進むことを願ってやみません。
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